大型天幕の自然な弛み表現に挑む – 1/700で砲艦嵯峨をつくる: 前篇

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大型天幕の自然な弛み表現に挑む - 1/700で砲艦嵯峨をつくる: 前篇

先日、「艦船模型沼の会」というツィッタァ上のイベントに参加したのだが、何か展示用に新作が欲しいなあ、と思い、砲艦「嵯峨」をスクラッチした……まあ、案の定、期日までに完成しなかった訳だが。

手持ち写真からのお手軽工作で、大して特筆事項もないのだが、技法的な部分で2つほど試みが有るので記事にしてみた。今回は前篇、大型天幕の表現について考えてみる。


と云う訳で工作。
今回は締切ありきの製作だったため、いつもより資料は追っていない。
知名度と建造年次の古さ故か、検索しても公式に近い図面の類が一般流通していないようだ。
また、要目も全長・水線長とも不明で垂線間長しか判らず、全長が特定できない。

主要寸法特定の手掛かりとなる数少ない公式資料としては、アジア歴史資料センター昭和初期の前檣短縮工事の訓令[1] が残っている。
最終的に、この申請通りの高さになったのかは不明だが、文脈から少なくともそれよりは低くなったであろうことは推測できる。

上記のような状況なので、判明しているデータから大まかな全長と全高を推定し、「写真 日本の軍艦」掲載の図面と各書籍の写真[2] [3] を参考に想像造形している。
たまにはこういうのも気楽でよい。

砲艦「嵯峨」を1/700で適当スクラッチ
素材や技法は、前作の「天龍型」と概ね同様の各種プラ板工作による。

妄想9割のいい加減モデリングなので、間違っても工房飛竜のレジンキットと比べて粗探しをする様な真似は、厳にお控えいただきたい (笑)

そんな感じで、前述の通り本体には特筆事項は無く、技法的な部分が本稿の主題である。

大型天幕の表現

砲艦と云えば、大型天幕の印象が強い。
猛暑の揚子江流域では必須装備だったらしく、戦闘旗が揚がっていても甲板上の天幕がそのままの写真もある。

今まで、こうした大型天幕を再現したことが無く、作り方を検索してみたところ、圧倒的に多いのがで、次いでプラ板による加工だった。
ただ、いずれもスケールなりの柔らかな曲面の再現には難があるようで、納得ゆく表現の作例を見つけられなかった。
また、他ジャンルでの布の表現で一般的なパテによる削り出しは、艦艇の天幕では床面との寸法のすり合わせがシビアなことと、縁が薄く欠け易いことの解決法が見いだせず、没。

そこで、「天龍型」の魚雷格納函や内火艇のキャンバス表現に用いた方法を応用できないかと試みた。

具体的には、基本形を加工性の高いプラ板で削り出し、そこに「骨」となる棒材を接着、その上からマスキングテープを貼りつけて瞬着で固めるという案である。
これならば、削り出しで難しい凹面アールも紙のしなやかさで自然に出せ、またプラ板なので精度が出しやすいうえ、パテより軽くて欠けに強く、接着強度も稼ぎやすい

1/700での大型天幕の表現
支柱部分を伸ばしランナーで作っておくと、天幕の芯部分と溶着できるので比較的強度が出る。

仕上がりは上記のとおりである。
概ね狙い通りの仕上がりだが、マスキングテープ貼付後に形状修正を行うとプラの下地が出てしまい、境目の処理がやや困難である。
特に、このように細い支柱のみで支えている構造の場合、接着後に床面に合わせてアウトラインを微調整することになるが、力を入れてヤスリ掛けをすると支柱が折れてしまうので、完全な整形ができなかった。

複雑な形状の天幕は、プラ板+マスキングテープ方式と相性が悪い

「嵯峨」の艦橋天幕のように複雑な形状の場合、プラ板削り出し+パテでシワ表現の方が良いように感じた。
逆に、後部甲板室のように大面積で単純な形だとマスキングテープによる緩やかな曲面が映えるので、既存の手法より表現力に勝ると思う。


さて、冒頭で述べた「艦船模型沼の会」だが、元はツイッタァ上で親交のある、きのこご飯氏 (@graywind88) の主催による艦船模型オフ会である。
初回はカラオケボックスでの模型雑談だったのだが、二回目となる今回は、貸会議室での展示会形式による開催となった。

私は折からの悪天候 (台風前日の大雨!!) でカメラの持ち込みを断念してしまったのだが、主催のきのこご飯氏のブログと、1/2000の超精密艦艇キットで有名なDAMEYAの夕凪氏のブログに当日の模様が写真入りで紹介されているのでご覧いただきたい。

近年の模型雑誌では、エッチング満載の超精密作例こそが総ての艦船模型の到達点、といった印象 (最近では、老舗の艦スペまでがその方向に舵を切り始めたのが悲しい) だが、沼の会は、沼の名に恥じぬ、なんでも飲み込む混沌に満ちた会である。
各社アフターパーツをふんだんに使った王道の精密作例もある一方で、1人で素組+αの大艦隊を編成する者もあり、さらには架空艦のレジンキットをさらに魔改造する怪作もあって、良い意味で混沌に満ちている。

好きなものを好き勝手に作る、という、模型作りの楽しさの原点がそこにあるように感じた。
私は所謂、「考証厨」と呼ばれる人種に属すると思うのだが、それは、自分で調べ、仮説を立て、模型で検証して、というプロセスが楽しい (重度の変態) から、そんな作り方をしているのであって、それらが苦行でしかない人まで「考証的に正しい模型」を作るべき、とは毛頭思わないのだ。

今の艦船模型の世界に息苦しさや敷居の高さを感じている方は、ぜひ上記のイベントレポートの記事を見ていただきたいと思う。
雑誌作例だけでは見えない、艦船模型の楽しみ方の懐の広さが感じられると思う。

参考ウェブサイト

参考書籍

  • 『写真 日本の軍艦 第9巻 軽巡II』光人社、1990年、238-243頁 ^2
  • 福井 静夫『写真 日本海軍全艦艇史』KKベストセラーズ、1994年、442頁^3

全て敬称略。

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