木甲板色の褪色について考える – 1/700で砲艦嵯峨をつくる: 後篇

木甲板色の褪色について考える - 1/700で砲艦嵯峨をつくる: 後篇

砲艦「嵯峨」のお手軽スクラッチ後編、とはいえ、工作要素は無く、専ら木の色についての研究と妄想

写真が多く記事そのものは長いけど、文字数的にはさほどでもないので気軽にお読みくださいまし。


艦艇の木甲板はこんなに鮮やかなのか?

巷間の日本海軍艦艇の作品を見ると、鼠色は工廠別の再現にこだわる方が多いが、木甲板色はリアリティより雰囲気優先で塗られているものが多い様に感じられる
個人的には、所謂デッキタン系の色が伐りたての生木安い家具のプリント合板の様で、どうもしっくりこない

市販の模型用木甲板風シートの色調
写真はメーカー製木甲板シートだが、塗装でもこの系統の色の作品が多い印象。

模型でよく見かける色は高明度かつ中~高彩度でかなり鮮やかだが、実際に屋外にある木製品でこのような色合いの物を見た記憶が無い。ここに違和感を覚えるのだ。
そこで、一旦、先行作品の色は脳裏から追い払い、一から木甲板の色について考えてみた。

身の回りにある、屋外木製品の色

まずは、一般に、屋外の木材は時間を経るとどうなるのか? 原因には諸説あるようだが、有力なのは紫外線による変色で、数か月程度日光に晒すとシルバーグレーに変色するらしい。
無塗装の公園のベンチや、建物のウッドデッキなどは、中~高明度・低彩度でまさにこのイメージ。

屋外にある木製品の、塗装有無による退色加減の比較
阿●さん風の人の男っぷり……ではなく、肌と木の彩度差に注目。日に晒された無塗装の木材は、茶色と云うより、ほぼウォームグレー。

他方、同じベンチでもニス様の保護材が塗ってあるものは、新品でなくとも比較的鮮やかさを保っているが、赤みの強い高明度・中~低明度の色であり、デッキタン系とは大きく色調が異なる。

米戦艦のカラー写真から、木甲板色を考える

では、艦艇の木甲板に近しいのはどちらなのか?
参考になりそうな例としては、「三笠」と湾岸戦争当時の米戦艦あたりだが、現役時のカラー写真が残っているので米戦艦で検証してみる。
ちなみに、艦艇の甲板については各国チーク材が基本 (但し、昭和期建造の日本艦は檜だったらしい) なので、米戦艦も「嵯峨」も概ね同じような色の筈。

という訳で、英語版ウィキペディアから現役当時のアイオワ級の写真を探してみた。

現役当時と記念保存時の写真を比較すると、概ね現役時の方が彩度が高めに見える。以下は、現役当時の写真が充実している「ウィスコンシン」である。

「ウィスコンシン」甲板色の比較
カラー写真でも、あまりに古い場合、写真そのものの退色と区別が付きづらいため、現役時代末期の写真を比較。同一艦なのに、写真写りによって木の色が全然違う!

「ウィスコンシン」甲板色の比較: 色補正後
グレー部分の色味を基準に補正した結果、上掲よりはバラつきが少なくなったが、それでも右上の鮮やかさが際立っている。

最も彩度の高い、引きの全体写真では前掲の木甲板シート位の高彩度に見えるが、寄りの写真ではかなり灰色寄りである。感覚的には寄りの写真の渋い色味の方がしっくりくるが、写真同士の彩度差が大きく、これだけでは断定が難しい。

明度は人物の肌の色などから推定すると、修正マンセルの明度値6~8程度か。彩度・色相については、一旦保留。

元練習船「日本丸」の甲板材から経年変化を考える

艦艇ではないが、元練習船の初代「日本丸」に新品と50年物のチーク甲板材が比較展示されているらしく、以下のリンクからその写真が確認できる。

「日本丸」甲板材の、経年差による退色加減の比較
元写真では、撮影環境などの差異から、両者の写真でかなり色調が異なっていたため、比較しやすいように補正を加えた。

両者を見比べていただければ判る通り、2007年 (平成19年) の時点では両者に明瞭な差があるが、7年後の2014年 (平成26年) では概ね同じ色に褪せている。
残念なのは、2007年 (平成19年) 時点での「新品」が、本当に新品だった頃から何年経過していたのか、と、その間にどの程度日光に晒されていたのか、と云う2点が不明な事である。
(よく見ると、上左の「新品」の緑のテープが僅かに剥がれており、これが真に新品の頃の色に近いのでは)

不明点は残るにせよ、これらの変化から、露天のチーク材は、新品は中明度・中彩度だが、彩度が下がって明度が上がり、少なくとも7年も経つと50年物と同じような中~高明度・低彩度に落ち着く、という過程が見て取れる。

チーク甲板材の経年変化推定色見本「日本丸」の写真からの推定。完全な新品の場合は、左端より更に鮮やかな可能性がある。

長くなったが上記の検証より、模型の想定している太平洋戦争当時「嵯峨」の甲板は、30年物だった事を鑑みて完全に色が抜けきった状態の可能性が高いと考える。
具体的には、概ね修正マンセルの彩度値1~2くらいではないかと推定する。

色相については、参考にした2隻とも、概ね修正マンセルの色相値7.5YR~2.5Yの範囲に収まると思われ、これは身近にあった無塗装の木製品の実測値とも一致する。
また、「日本丸」の変化を見る限り、色相は経年による大きな変化はないようだ。

褪せた甲板色を塗ってみる

上の検証をまとめると、太平洋戦争時の「嵯峨」の甲板色は、修正マンセル10YR 7/1.5辺りと推定される。

以前の経験から、仕上げを進めるにつれ彩度が落ち、つや消しで明度が上がるのは確実なので、今回は、まず10YR6/3近似の基本色を塗り、そこからスミ入れとウォッシングで少しずつ彩度を調整した。

「ウィスコンシン」甲板色との比較
日本海軍の鼠色は米海軍のグレーより暗いために甲板が明るく見えるが、当時の日本艦艇の白黒写真で白っぽく写っている時の甲板の明度には印象が近いと思う。

仕上がりは上掲のとおりである。私の作品の常だが、検証に技術が追い付かない ()

基本色の段階では、もっと赤寄りだった筈なのだが、表面に濃淡をつけている内に、かなり黄色に寄ってしまった。明度と彩度は概ね狙い通り。

これだと、検証通りの色を塗った場合の印象が判らないかと思われるので、ツイッタァから参考作品を2例。

本当はこの雰囲気を狙っていた。
追記: 公開後に打ち舟氏から塗装法と追加作例を紹介していただいたので追加。

もう1題。

竣工時前後の「宇治」で、上掲の色変化の中では、完全に褪せる前のイメージに近い。新しめの設定で作るならこれ位が良いかも。


と云う訳で完成

お手軽スクラッチとは云うものの、完成写真が上のそれだけと云うのもあんまりなので、他の角度からの写真も。

フルスクラッチの1/700「嵯峨」を右舷前方から
河川砲艦なので、中国の茶色い川の泥汚れの雰囲気でウェザリング。下に敷く紙も同じく茶色系。

ちなみに、茶色水面の元ネタはこちら。本ブログ読者の方には毎度おなじみの「ブリキ缶建造記」の峯風1920氏、今回2度目の登場。

フルスクラッチの1/700「嵯峨」を左舷から
鼠色は、GSIクレオス「城カラー」の「瓦色」。N4.5近似の半光沢で、中々良い雰囲気の色。

フルスクラッチの1/700「嵯峨」と爪切りのサイズ比較
手に持った時のサイズ感が何かに近いと思ったら、爪切り。
駆逐艦の時も小さいと思ったが、砲艦は更に小さい。

結局、前回紹介した「艦船模型沼の会」にも間に合わず、概ね1ヶ月くらいの製作期間。
2回連続で〆切を落とした
スケモ祭といい、どうも工程の読みが甘いね、私は。


今回は、あまり真面目に資料読みをしていないので本文中には記載していないが、一応、参考にした資料一覧。

参考ウェブサイト

参考書籍

  • 瀬名尭彦・戸高一成「『砲艦』写真説明」『写真 日本の軍艦 第9巻 軽巡II』光人社、1990年、238-241頁

全て敬称略。


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