筏に載ってる束状のアレ – 1/700でKGV級戦艦プリンス・オブ・ウェールズをつくる: 4

なんか見覚えはあるけど、それが何者なのか、素材は何なのか、よく判らないままキット指定通りに作って塗るのはモヤモヤする。こう云うとこで手が止まると、完成遅れるんだよねェ。


プリンス・オブ・ウェールズ: 1941年
赤枠の中がそれ。キットでも適度な省略をもって再現されている。

「プリンス・オブ・ウェールズ」(以下、「PoW」)の写真を見ると、救命筏の中に束状の物体があり、キットでも再現されている。これ、艦によって装備の仕方が違うようで同型の「キングジョージ5世」では、筏の中ではなく、筏との対応番号 (?) を振って近くに設置されている。

キング・ジョージ5世: 1941年
こちらではより鮮明に形状が確認できる。白数字は筏と対応しているのか、或いはただの通し番号か……?

これは何か。
良く解らないとツィッタァでボヤいていたら、識者から幾つか回答を頂いた。

なるほど、フローターネット、もしくはフロートネット、これは表記揺れの範疇で、同じ名称とみて良かろう。はて、スキャンブリングネット、ここで見解が分かれたぞ。
いつもの沼である。

「Floater net」で検索すると海外の掲示板で用法の解説があった。これによると、フローターネット (もしくはフロートネット) は艦の沈没時に海面へ自動的に浮上し、生存者が掴まる為の装備のようだ。

さて、もう一方の「Scambling net」、リンク先の掲示板を見るとどうやら誤字のようで、「Scrambling net」=スクランブリングネットが正しいようだ。掲示板でも途中からスクランブリングネットと表記されている。 掲示板の冒頭でVic Dale氏が書いているように、舷側から短艇に向けて降ろす網状の縄梯子である。

ただ、その掲示板内では同氏のスクランブリングネットでは、と云う見解には疑問が呈されており、「カウンティ級」の26フィート (約8メートル!) もの乾舷を避難者が昇降するには無理があろう、と指摘されている。
そして、掲示板の最後は、「これってフローティングネットじゃないの?」と云う書き込みで終わっている。またしても表記が揺れているが、前述のフローターネット・フロートネットと同じ用法が説明されている。

と云う訳で、「カウンティ級」より低いとは云えそれでも6m以上ある乾舷を持つ「PoW」でもフロートネットと解釈する方が自然であろう。
でもって、このフロートネットがどんな構造なのか。

前述の大和甲型氏へのリプライなのでスキャンブリングネットと書かれているが、恐らくはフロートネット。網目の1方向にだけ、人の腕ほどの太さの竹輪型の木材を通してあり、これを丸めると冒頭の写真のような円材の束状の物体になる訳だ。


2021年9月29日追記: 本記事公開直後に、鳶色2号氏から興味深い画像を見せていただいた。

製造中のフロートネットを扱った新聞記事のようだ。画像内の見出しと紙名を手掛かりに調べてみると、1940年8月3日付の「The Illustrated London News」紙のようだ。

「British Newspaper Archive」から高精細の画像が閲覧でき、キャプションや本文が読めるので、以下、主要箇所を意訳してみる。

「The Illustrated London News」: 1940年8月
キャプション原文: “Flotanets” are made of corks mounted on ropes, so that even fragments retain their buoyancy. Here girls in a south wales factory are “Palm and needle whipping” “Flotanet” ropes.
意訳: 「フロータネット」はロープにコルクを取り付けたもので、破片となっても浮力を保てる。南ウェールズの工場で働くこの娘たちは「フロータネット」のロープに「パルム・アンド・ニードル・ホイッピング」を施している。 ※ロープの末端処理方法の一種

「The Illustrated London News」: 1940年8月
キャプション原文: Stretching the net for measuring. A rope framework of meshes, 12 inch by 12 inch, with cork fitted on it throught, provides the buoyancy. Sizes for twelve to twenty people are most common.
意訳: 計測のためにネットを伸ばしている様子。12インチ四方の網目にコルクが取り付けられ、浮力をもたらしている。12~20人乗りサイズが一般的だ。

以下、見出しと記事本文の原文と意訳

UNSINKABLE LIFE-SAVING RAFTS

UNAFFECTED BY BULLETS AND SPRINTERS: “FLOTANETS.”

The “Flotanet” is, and has been for few years. used by both the Mercantile Marine and the Navy; approved by the Ministry of Shipping it is now being adopted by many shipowners, and it is likely that it will become part of the life-saving equipment of every ship now building. The “Flotanet ”(or “Floating Net”) is a buoyant platform of net formation which will support persons for an indefinite period. The buoyancy of the net is provided by cork arranged on a rope framework in meshes of 12in by 12in throughout. Eight such squared are designed to support one grown-up man or women.The net is made in standard sizes supporting from five persons upwards ; sizes for twelve and twenty are most frequently required. The advantages of the “Floating Net” are numerous. It can be stowed practically anywhere on a ship, taking up very little space. Two men can throw it overboard when wanted, and the net will automatically unroll on the surface of the sea. Persons can leap on to it from a considerable height without injury and with full confidence of being safe from drowning. It will retain its buoyancy under the most adverse conditions and cannot be sunk by machinegun fire. No effort is required of the people supported by the net to keep it afloat. These photographs illustrate the manufacture of “Flotanets” in a South Wales factory. The pictures of the testing of the device are prints of a film taken at sea during tests which were arranged under scientific supervision. This ingenious device is now being manufactured in large numbers. (Pictorial Press.)

沈むことなき救命いかだ

弾丸や破片に影響を受けない、「フロータネット」。

「フロータネット」は、数年前に登場した。商船と海軍の両方で使用されている。運輸省の承認を得、今や多くの船主に採用されており、現在建造中のあらゆる船舶の救命設備のひとつとなりうるだろう。
「フロータネット」(または「フローティングネット」)は、網状の構造で人員を支える永続的な浮力装置だ。装置は12インチ四方の網目に組み込まれたコルクによって浮力を得ている。その8マスで成人男女1名を支えられるように設計されている。ネットは一般的に5人乗り以上で、12人乗りと20人乗りに最も需要がある。
「フローティングネット」には多くの特長がある。船のどこにでも収納でき、場所を取らない。 男性2名で必要に応じて船外に投擲でき、自動的に海面に広がる。怪我の恐れなく、また溺れる心配もなしに高所からそこに飛び込めるだろう。悪条件下でも浮力を維持し、機関銃の銃撃を受けても沈むことはない。ネットを浮かせておくための労力は不要だ。
これらの写真は、サウスウェールズの工場での「フロータネット」の製造風景だ。装置のテスト風景は、科学的監修の下に行われた試験中の海面で撮影されたものである。この独創的な装置は現在、大量に製造中である。 (ピクトリアルプレス。)

訳文ここまで

この記事の書き方から察するに、「フロータネット」が製品名で、装置自体の一般名称が「フローティングネット」だろうか。装置概略としては、通してある木材はコルクで、網目が12インチ四方、コルクに挟まれた1列に1人が乗れ、12~20人乗りが主流と云ったところ。また、WW2時点では比較的新しい装備と云うのも判る。

この記事の御蔭で、いままで良く解らなかった要素が、一挙に解決してしまった。追記ここまで。


プリンス・オブ・ウェールズのフロートネット
と云う訳で、素材が判ったので木色で塗ってみた。キット指定では船体色の指定だが、どちらが正解なのかは判らない。


元のあとがきでは、当時のやり取りから3年経つ割にはググっても新情報出てこねえなあ、とボヤいていたのだが、まさかの急展開である。こう云う奇跡があるから、考証ネタはやめられねえなあ、と思うのである。


写真引用元

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