遂に、ヤマシタホビーの「吹雪型 (特I型)」 駆逐艦が発売された。既に単体武装パーツメーカーとしては新興ながらも高評価を得ている同社の、フルキット進出作となる。
開発の報があった頃から気になっていたキットで、早速入手したので簡単にレビューしてみようと思う。このキットのポイントは、パーツの成形状態と2番・3番砲周り。ここを巧く攻略できれば現状最良の「吹雪型」が手に入る筈だ。
特型サブタイプの表記について
本題に入る前に、呼称について。
本稿では混乱を防ぐため「一般計画要領書」に倣い、以下の様に表記を統一する。
- 「吹雪」~「浦波」までの10隻: 「吹雪型」
- 「綾波」~「潮」までの10隻: 「綾波型」
- 「暁」~「潮」までの4隻: 「暁型」
- 上記24隻の総称: 「特型」
オールドファンに馴染み深い「I型」「II型」 「III型」は、今日的には「綾波型」を後期4艦で更にサブタイプ化する分類もあるなど、実態と名称に齟齬が出てきているので用いない。また、「浦波」は艦型としては「改吹雪型」と仮称する。
キットの設定年代について
メーカーの商品説明によれば、太平洋戦争開戦時の「吹雪」とのこと。
先行のタミヤ・ピットロードとも、第四艦隊事件に伴う性能改善工事前の細長い波切り板を持つ船体をモデライズしており、船首楼を延ばし波切りを短縮した性能改善工事後の船体を再現したインジェクションキットは初では無いだろうか。
表題の「吹雪」の通り、短船首楼型をモデライズしており、細部の相違を気にしないなら、このキットで 「吹雪」「白雪」「東雲」「白雲」「薄雲」「磯波」の6隻が製作可能。
また、舷外電路が無く機銃装備が単装2丁なので、実際には開戦時ではなく、1937年 (昭和12年) ~1938年 (昭和13年) 頃の短船首楼型の設定でのキット化と云う事になる。
上述の点を変更してやることで、概ね1942年 (昭和17年) 頃までは対応可能だ。
具体的には、単装機銃2丁を13mm連装機銃1基にすると1939年 (昭和14年) ~1940年 (昭和15年) 頃、更に舷外電路追加で1941年 (昭和16年) ~1942年 (昭和17年) 頃の状態にできる。
1943年 (昭和18年) 以降については艦毎の改修状況にバラつきがあり、また、砲兵装や電探などに大掛かりな変更が必要なため、大戦後期仕様のキット化を待つ方が良いように思う。
写真は性能改善工事後の「吹雪」。上部艦橋の風防は1931年 (昭和6年) 頃から確認できる。[1]
羅針艦橋天蓋上の上部艦橋については、設定年次と矛盾があり、竣工時のオープントップ式のままになっている。
キットの設定年代である性能改善工事後では、「峯風型」や「樅型」の羅針艦橋のようなガラス風防+キャンバス天蓋の構成。 最終時の「白雪」の写真でも同様で、恐らく大戦中期まではこの形態を維持していたと思われる。
キット全体の成形について
船体部品の反りが他社キットに比べて強く、中央船体付近で1mm近く浮き上がるように反っていた。また、左右割になっている前後煙突と缶室ケーシングの接合面なども反っており、そのままでは正確に合わなかった。
部品の精度そのものは高いので、下手に盛り削りをするよりも手曲げで修正する方が外形を損ねずに済むだろう。
船体については肉厚がそれなりにある為、WLシリーズのバラストを仕込むなど、手曲げ+αで何らかの反り対策を講じた方が良いように思う。
ここのボラードが欠けている事が多いので、店頭購入時は確認されたし。
また、私や周囲の人たちの入手したキットの多くで、船首楼甲板中ほどのボラードが湯回り不良で欠損している。
総じて、モールドの繊細さに対して成形技術が追い付いていない感がある。
特に大きな部品や細い部品を組む際は、接着前に反りや変形が無いか確かめた方が良い。
船体と基本レイアウト
ここからは各部の形状について見ていこう。
まず船体形状だが、竣工時の「深雪」の公式図と比較すると、基本寸法とレイアウトはほぼ正確で、公式図のアウトラインを良く捉えている。
側面形で印象的なのは煙突のアレンジで、実物よりやや傾きを強調した造形である。
性能改善工事後の「吹雪」とヤマシタ版の比較。煙突のアレンジのため、やや攻撃的なシルエットに見える。[2]
残念ながら性能改善後の図面は手元にないため、船首楼後端の形状・寸法については評価を差し控えるが、舷側と甲板面の接合部の丸みは良く表現されていると感じた。
このキットで特筆すべきは舷側の曲面表現で、中央船体付近のフレアとタンブルホームを組み合わせた複雑な面構成を見事に再現している。
戦前の艦名表記つきの写真では、文字の歪みからこの曲面の塩梅がよくわかるので、艦名入りで仕上げる人は特に、このキットの表現の的確さを堪能できるだろう。
写真は性能改善工事前の「白雪」だが、舷側の微妙な曲面は共通。[3]
艦橋と上部構造物
艦橋と上構は、先行のタミヤ版と最も印象の異なるところで、ヤマシタ版の方が艦橋の背が高く、1番煙突脇の吸気筒が低い。
タミヤは20年前に作った小改造品なので、キット純正の形状ではないし色々酷い出来だが、参考までに。
両者見比べると、艦橋と吸気筒のバランスはヤマシタ版の方が実物の印象に近いように思われ、煙突の傾きはタミヤの方が実物のそれに近いように感じる。
タミヤ版は性能改善工事前かつ煙突に雨水除去装置の付いた、煙突の最も高かった時期をモデライズしており、吸気筒の大きさと相俟って縦方向のボリュームのピークが1番煙突付近にある感じ。
ヤマシタ版は艦橋基部の背がタミヤより高く、煙突も短縮後の為、ボリュームのピークが艦橋付近に感じられる。
タミヤとヤマシタホビーのシルエット比較。タミヤのマストと武装は純正の物ではないので、参考程度に。
正確さを求めるならヤマシタ版だが、タミヤのアレンジは頭を低く下げて身構えた獣のようで、これはこれでスピード感が有って格好良い。
ヤマシタ版の特筆点は、下部艦橋後半の絞り込み。
実物は前や側面から見るとタダの角を丸めた直方体なのだが、実は後端が上に行くほど絞り込まれた複雑な形状をしている。
後ろから見た際にこの形状が明瞭に判り、キットは絞り込みのラインが羅針艦橋上の上部艦橋まで綺麗に連なっており、「吹雪型」ならではの凝った形状を巧みに再現している。
写真は「初雪」。下部艦橋背面が上方に絞り込まれているのが判る。煙突は短縮前なので雨水除去装置の形状がキットとは異なる。[4]
煙突周りでは、過去の各社の駆逐艦キットでは見られなかった雨水除去装置の段差が表現されるなど、独自の試みもなされている。実物は大抵黒塗りされていて目立たないためか、再現しているキットは貴重。
また、タミヤ版では省略されていた魚雷装填用のスキッドビームが再現されているのも高ポイントで、特に2番煙突前の吸気口と右舷スキッドビームの複雑な関係の表現が見事。
全体的にやや太めなのが惜しいが、スケールに忠実に再現すると0.3mm程度の細さになってしまうので、オールプラキットとしての生産性や組みやすさを考えれば妥当なところか。
同社初のフルキットと云う事で成形方面に些かの難があるものの、しっかりとしたデッサンに煙突傾斜や船体フレアなどを強調したメリハリのあるラインなど、リアリティと色気を絶妙に両立させた好キットと云う印象。
さて、ここから問題の武装関係、といきたいところだが、長くなってしまったので一旦区切らせていただく。
次回は既にご存知の方も多いであろう、主砲旋回盤問題を中心に触れたい。
いまさら指摘するだけでは芸がないので、できるだけ手数を掛けず可能な対応案も併せて紹介したいと思う。
参考書籍
- 福井 静夫『写真 日本海軍全艦艇史』KKベストセラーズ、1994年、585頁 ^1 ^2、587頁 ^4
- 瀬名 尭彦・戸高 一成「駆逐艦『吹雪型 (I型) 』写真説明」『写真 日本の軍艦 第10巻 駆逐艦I』光人社、1990年、87頁 ^3
全て敬称略。