上構まわりの各種装備を作り分ける – 1/700で樅型駆逐艦をつくる: 17

| カテゴリィ: 1/700で樅型駆逐艦をつくる

上構まわりの各種装備を作り分ける
今回はいきなり色がついているが、塗装には全く触れていない
先月の「スケールモデル祭り」進行で突貫工事をしていた結果、今回の記事の個所を作っている際、途中写真を撮るのをすっかり忘れていたのだ。

いつまで工作篇が続くんだって話だが、多分、今回含めて2回で終えて塗装篇に入るつもり……て、まだ今回でも工作篇は終わらないという。
出来云々は措いといて、二等駆逐艦の1/700模型で、ここまで字数を割いた記事はネット・書籍を通じて今まで無いんじゃなかろうか。まとめ方が下手なだけ、と云う説もあるが


煙突まわりの諸装備

煙突まわりの蒸気捨て管と烹炊所の小煙突は、0.5mmプラ棒で自作。
1番煙突直後の蒸気捨て管は、艦によって左右方向の位置が異なる。
各艦の写真を見比べると、基本的に1番煙突直後の蒸気捨て管は左舷オフセットで、浦賀船渠建造艦のみが首尾線上配置のようだ。[1] [2]
よって、今回の3隻では、「蓮」が首尾線上配置となる。
以前、2番砲座支柱製作の際も触れたが、やはり浦賀船渠は独自仕様が好きなようだ。

ハセガワ製の1/700駆逐艦「樅」をベースにした、「栂」「栗」「蓮」蒸気捨て管の違い
浦賀船渠建造の「蓮」だけが中心線配置になる。

また、1番煙突直後の烹炊所の小煙突は、艦毎に高さが違うが、同じ艦でも時期によって高さや先端形状に差異がある。
基本的には、時期を追う毎に背が伸び、先端形状が複雑になっていく
「栗」と「栂」の場合は、大正年間は真っ直ぐな先端だが、1930年代にはT字型[3] になり、終戦時の「栗」ではH字型[4] になっている。
「蓮」は終戦まで一貫して、蒸気捨管と同じ真っ直ぐな先端[5] である。

1941年 (昭和16年) 時点の「栗」の場合、T型とするかH型とするか悩むところだが、1940年の「32号哨戒艇」ではH型となっている[6] ので、出師準備あたりでH型に換装されたものと推測した。「栂」も同じく。
H型先端は、ウォーターラインのキットに同梱されているリニューアルパーツのものを開口して使用。
これは形状・サイズともかなり良い感じで、モールドもシャープなので、1ランナーに1本なのが惜しいくらいだ。
H型煙突だけまとめたセットとか作ってくれないだろうか。

ハセガワ製の1/700駆逐艦「樅」をベースにした、「栂」「栗」「蓮」各艦の烹炊所煙突と絡車
これまた「蓮」だけが、絡車と煙突形状が異なる。

また、煙突まわりでは、「樅型」~「若竹型」いずれも1番煙突前の蒸気捨て管右舷側に絡車が確認できる。
「樅型」のみ、軸が艦首尾線と平行に設置[7] されており、「蔦型」「若竹型」では艦首尾線に直交する軸線[8] となっている。
「芙蓉」の図面[9] では、更に一番煙突後ろの蒸気捨管右舷にも絡車が描かれているが、「樅型」「蔦型」各艦の写真では確認できなかったので、取り付けていない。

1番煙突左舷には、予備魚雷用のスキッドビームらしきものが写真から確認でき、「芙蓉」の図面[10] にも描かれている。
「初春型」以降の梯子型のしっかりしたものではなく、公園のブランコの支柱のような華奢なものだ。
当然キットでは再現されていないので、プラストラクトの0.3mm丸棒で再現した。
後部予備魚雷函に見当たらないのは、3番砲座の支柱を兼用したからだろうか?

ハセガワ製の1/700駆逐艦「樅」キットに、測距儀とスキッドビームを追加
プラストラクトの0.3mmプラ棒が大活躍。

あと、煙突周りではないが、1930年代に各艦とも艦橋上に測距儀が追加されており、「芙蓉」の図面でも確認できる。
芙蓉の図面[11] では、前に1.5m、後ろに2mの物が描かれている。
「栂」でも同様に前後で異なるサイズの測距儀が写っている写真[12] があり、恐らくこの辺りのクラスの標準装備の測距儀が1.5mと2mの組み合わせなのではないかと思う。

当然、キットでは部品化されていないので、2m測距儀はピットロード (以下、「PT」) の「WW-II 日本海軍艦船装備セット [IV]」(所謂、旧装備品セットの方) を元に、「腕」の部分を0.3mm丸棒で作り直した。
1.5m測距儀は、手頃なパーツが無かったので、測距儀本体は0.3mm丸棒の組み合わせで作り、基部は円錐形にしたかったので、適当な単装機銃のジャンクパーツから流用した。

対艦式掃海具

ハセガワ製の1/700駆逐艦「樅」をベースにした、「栗」の対艦式掃海具
後ろは開放式っぽいので、後でキャンバス色に塗る予定。

「栗」2番砲座右舷側寄りには、対艦式掃海具の収納庫らしきものがある[13]
写真で見る限りは後ろに開口する開放式で、水密扉の類は見えないが、舷側でそれなりに水を被りそうな場所なので、普段はキャンバスでも掛けているのかもしれない。
単純な直方体なので、エバーグリーンのプラ棒で再現した。

ハセガワ製の1/700駆逐艦「樅」をベースにした、「栂」の対艦式掃海具
まだ塗り分けていないので判り辛いが、「栗」と違って枠だけの素通しのラック。

「栂」では、2番煙突右舷に沿うような位置にキャンバスの掛かったラック状の構造物が確認できる[14]
「芙蓉」の図面の同位置に描かれている対艦式掃海具ラックの一段分とほぼ寸法が一致するので、これが対艦式掃海具ラックと推測した。
キャンバスのたるみ方から、素通しのフレーム状と思われるので、PTの「新 WWII日本海軍艦船装備セット [4]」 (以下、「新装備品セット4」) の爆雷投下軌条の部品を加工して再現した。
「芙蓉」の図面と比べると、ほぼ無加工でぴったりの大きさだ。
厳密には掃海具の浮標はもっと複雑な形だが、このスケールでは殆ど判らないので、爆雷そのままで使用した。

ハセガワ製の1/700駆逐艦「樅」をベースにした、「蓮」の対艦式掃海具など
「栂」と似た形状のラックと謎の箱。

「蓮」は、1938年以降の写真では、1番煙突と2番砲座の間に、鳥籠状のラックらしきもの[15] があり、これが掃海具収納庫ではないかと思う。
「栂」同様、PTの「新装備品セット4」の爆雷投下軌条の部品が寸法形状とも似ているので、これを2/3の長さに切り詰めて2つ張り合わせたものに、エッチングメッシュで脚をつけた。

また、「栗」で掃海具収納庫あった位置にも同じ位の大きさの構造物がある[16]
ただし、これは時期ごとに形状がまちまちなので、もしかしたら、仮設のものかもしれない。
よくわからないので、以前の甲板艙口の要領でハセガワ水密扉+エバーグリーンプラ棒を組み合わせて、用具入れっぽく処理した。

また、「蓮」の右舷艦橋基部の舷側側壁内側には、これまた用具入れのようなものがあり、他の「蔦型」の写真でも確認できる[17]
「樅型」で見えないのは、側壁が長いために完全に隠れているからだろうか。

砲座の弾薬箱

各砲座には弾薬箱が設置されているが、配置を読み取ることができる「蓮」の上空写真[18] と「芙蓉」の図面[19] では位置が異なり、また、「樅型」の横からの写真でそれらとも異なる配置に見える艦もある。
恐らく各型毎に異なると思われるが、正確な写真や資料が見つからなかったため、「栗」と「栂」の弾薬箱配置は「蓮」に準じた。
PTの「新 WWII日本海軍艦船装備セット [I]」に入っている、機銃用弾薬箱を使おうかと思ったが、G型砲用のそれは意外にバランスが違っていたので、これまたハセガワ水密扉+エバーグリーンプラ棒で自作した。

ハセガワ製の1/700駆逐艦「樅」キットの砲座に、弾薬箱と絡車を追加
弾薬箱は、3隻とも、概ね「蓮」の上空写真に準拠。

あと、一番砲座の主砲前方側には、絡車があるが、前回のハセガワエッチングではやや大きすぎて主砲砲身と干渉してしまうので、(入り数が少ないため) 虎の子のPTの「新装備品セット4」のものを使用した。


さて、これで塗装前にできる「本体側の」工作はひととおり終わった。
敢えて「本体側の」と書いたのは、その後、艦載艇でえらく難儀して、大幅に時間を喰う羽目になったからである。
艦載艇さえ問題なくば、スケモ祭りの〆切に間に合ったものを……というような恨み言はやめておこう (云うてるがな)
これについてはまた次回。


参考書籍

  • 田村 俊夫「艦艇秘録写真選 PART-2 駆逐艦『蓮』、『栗』&『第23号駆潜艇』」『歴史群像 太平洋戦史シリーズ57 帝国海軍 艦載兵装の変遷』学習研究社、2007年、43頁 ^1 ^15 ^16
  • 福井 静夫『写真 日本海軍全艦艇史』KKベストセラーズ、1994年、548頁 ^2、846頁 ^6、543頁 ^8、544頁 ^17
  • 雑誌「丸」編集部 『丸 季刊 Graphic Quarterly 写真集 日本の駆逐艦 ()』潮書房、1974年、157頁 ^3
  • 田村 俊夫「艦艇秘録写真選」『歴史群像 太平洋戦史シリーズ45 帝国海軍 真実の艦艇史』学習研究社、2004年、42頁 ^4、43頁 ^5
  • 阿部 安雄「日本式設計駆逐艦の確立」『日本駆逐艦史 世界の艦船 2013年1月号増刊』海人社、2012年、69頁 ^7 ^12 ^13
  • 福井 静夫『海軍艦艇公式図面集』今日の話題社、1992年、124-127頁 ^9 ^10 ^11 ^19
  • 島田 和実「駆逐艦」『写真集 日本軍艦史 2.大正編 世界の艦船 8月号増刊』海人社、1977年、71頁 ^14
  • 中川 務「八八艦隊計画の駆逐艦」『日本駆逐艦史 世界の艦船 1992年7月号増刊』海人社、1992年、61頁 ^18

全て敬称略。

  1. konitan0314 | | 返信

    こんにちは、konitan0314といいます。
    iwashigeさんの掲示板の書き込みを拝見しアクセスしました。
    考証の下調べを詳細にかきこまれているのに驚嘆し、
    勉強になります。
    私は、以前、樅型から哨戒艇32号、33号を製作しました。
    http://plaza.rakuten.co.jp/hdnr6003/diary/201104180000/
    まだ、現物は、未公開なので、所属して模型倶楽部で公開する
    時は、リファインしたいとおもいます。
    これからも記事楽しみにしています。

  2. 春園 燕雀 | | 返信

    konitan0314さま
    コメントありがとうございます。
    実際に自分で調べてみて、かなり資料集めに難儀したので、これを見て興味を持った方が多少なりとも楽に調べものができるようになれば良いなと思い、できるだけ直接的な工作以外の部分も書こうと心掛けています。
    そのせいで、模型ブログのくせに写真が少なく、文字で真っ黒なページもありますが (笑)
    リンク先のブログも拝見しました。
    空母や戦艦の花形に交じって、駆潜艇とか水雷艇など地味系の艦もしっかり量産されており食指が動きます。
    とにかく小型艦模型は、ただでさえ絶対数の少ない艦船モデラーの中でも輪をかけて製作人口が少ないので、こうしてご縁ができるのは嬉しいです。
    今後ともよろしくお願いします。

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