戦間期~第二次大戦初期におけるイギリス本国艦隊の塗装概説: 1/700で初代空母イラストリアスをつくる: 7

| カテゴリィ: 【連載中】1/700で初代空母イラストリアスをつくる

何かを調べようにも、その調べたいものの名前が判らない、みたいな「服を買いに行くための服が無い」と云うことは無いだろうか。
昨年、「イラストリアス」を作っている時の私はまさにそんなありさまで、今回はまず「服を買いに行くための服を作る」ところのおはなし。


イギリス艦の塗装と云うのは悩ましい。第一に、日本語で読める資料が殆どない。現状容易に入手できるほぼ唯一の日本語資料と思われるのが「スケールモデルファン」の「海外艦艇模型超入門」くらいか。

そして、パターンがきわめて多い。特に巡洋艦以上の大型艦では艦毎の個別パターンかつ左右非対称と云うモデラー泣かせの仕様で、基本知識があっても両舷の写真を持っていなければどうにもならないレベル。
衣島先生の「軍艦の塗装」で米独についてはそれなりに具体的な記述があるにもかかわらず、英艦の項が簡素なのはそれが所以であろう。英艦だけでまる1章費やしてしまう。

そう云った状況で、英艦については各キットの塗装図くらいの断片知識しかない方もそれなりにおられると思われるので、個々の色調を云々する前に、以下に大まかな流れをまとめる。

アラン・レイヴン氏によると、戦間期には本国艦隊の「ホームフリートダークグレー (Home Fleet Dark Gray)」および地中海艦隊の「507C メディテレーニアンライトグレー (Mediterranean Light Gray)」インド洋艦隊の白の単色塗装と、極東艦隊・中国艦隊の白船体に淡褐色 (buff) の煙突と云う2色塗装の4パターンがあった。[1]

「ホームフリートダークグレー」は時期により色調に相違があり、1926年頃からお馴染みの青みを帯びたグレーとなったと思われる。マイケル・ブラウン、ショーン・キャロル、ジェームス・ダフ、リンジー・ジョンソンの4氏によれば「ホームフリートダークグレー」は色番を507Bとされている。[2]

本国艦隊所属の「フッド」: 1939年
「ホームフリートダークグレー」の単色塗装。他2者より暗めとは云え、ダークグレーの語から連想されるほど暗い印象はない。

地中海艦隊所属の「フッド」: 1937年
「メディテレーニアンライトグレー」の単色塗装。写真の印象では中国艦隊の白とほぼ同じ色に見えるほど明るい。

中国艦隊所属の「ケント」: 年次不明
アラン・レイヴン氏の説では煙突が淡褐色とされているが、艦橋や上構も同色に見える。同様の塗り分けに見える写真は他の中国艦隊所属艦にもある。

「海外艦艇模型超入門」によれば鉄甲板部はどの塗装パターンの場合も「507Aダークグレー」とされる。[3] 実際には鉄甲板部だけでなく、戦艦の主砲塔など甲板以外の広い水平面も同様にダークグレーで塗られていた例が散見される。

なお、今年3月に発表されたマイケル・ブラウン、ショーン・キャロル、ジェームス・ダフ、リンジー・ジョンソンの4氏による研究では大戦初期頃の507Aと507Bはエナメル添加の有無だけの違いで、実質的に同じ色であるとされている。[4]
だが、下掲の写真の通り、水平面は明らかに垂直面より暗く塗装されている写真が複数の艦に見られ、507Aと507Bが同色調ならこの暗色部分は何なのか、と云う新たな疑問が生じる。

「キングジョージ5世」の艦首: 1941年
砲塔天面は他のグレー部分より明らかに暗い。一般的には「507Aダークグレー」とされている。

第二次世界大戦開戦に伴い本国艦隊の各艦には自由裁量の迷彩が施され、各明度のグレーや褐色、緑などさまざまな色とパターンが試されたが文献資料のみで写真の残されていない艦も多いらしい。しかしこれら多彩な迷彩は効果が上がらなかったり、あるいは戦況の激化によって維持が難しくなったりして、1940年の終わり頃には多くの艦が「507B ミディアムグレー」単色となった。アラン・レイヴン氏によれば507Bはミディアムグレーなのである。ややこしい。[5]

戦前の「507B ホームフリートダークグレー」と緒戦期の「507B ミディアムグレー」は写真で見るかぎり同色に思える。あるいは、「ホームフリートダークグレー」は507Bの固有名称で、「ミディアムグレー」はただの一般名詞かもしれない。私の語学力ではその辺りのニュアンスを文脈から読み取るのは難しい。

その後、駆逐艦以下の小型艦については緒戦期の実験的迷彩の効果を踏まえた「ウエスタンアプローチ」迷彩が登場するが、これは北大西洋の白い濃霧に艦を溶け込ませるための迷彩でシルエットの大きな巡洋艦以上の艦には向かない。[6]

ウエスタンアプローチ迷彩の「ヴァニティ」: 1941年
基本色の白の上から、直線塗り分けで淡い青や緑を入れる迷彩。その名の通り大西洋方面の護衛任務にあたる小型艦が主に纏っていた。

大型艦向けの迷彩としては「ウエスタンアプローチ」よりやや遅れた1942年に「アドミラルティディスラプティヴ迷彩」が採用される。これはダズル迷彩 (幻惑迷彩) の一種で、艦を消し込むのではなく形状を誤認させるための迷彩である。[7]アオシマの「イラストリアス」の箱絵に描かれているのがそれである。

アドミラルティディスラプティヴ迷彩の「イラストリアス」: 1942年
側面だけでなく、甲板にも迷彩が施されている。「ウエスタンアプローチ」と異なり曲線塗り分けで、明色から暗色まで色数も多岐にわたる。

これらの迷彩については更に字数を要するため、いずれそれらの姿の模型を作ったときにでもあらためて解説したい。

写真に残る1940年当時の「イラストリアス」は本連載中に掲載した写真の通り中明度の単色塗装で、時期的にも「507B ミディアムグレー」であろう。
各層の甲板はそれより一段暗く塗装されているが、前述のとおり通説では「507A ダークグレー」だが異なるグレーの可能性も出てきた。
ただ、「イラストリアス」製作時点では507Aはダークグレーである、と云う通説を根拠に色を考えていたため、本連載でもこの甲板のグレーは507Aと呼称して論を進める。


今回の本文が大体二千字、恐ろしいことに、これでも「大戦序盤の」「本国艦隊を中心とした」かなり限定した範囲の内容なのである。ただ、この辺りを前提知識としてないと、いきなり507Bと書かれてもそれがどんな色なのか、一般的にどう使われているのかがイメージできない人が少なくないと思ったのだ。と云うか、「イラストリアス」作る前の私がそんな感じで。

すなわち本稿は、英国艦初心者の私が「イラストリアス」作ってる頃に有ったらどんなにか便利だっただろう、と云う当時欲しかった情報を記事化したのである。当時の私と同様、英艦に興味はあるけど色調を知るのにとっかかりが無い、と云う方に届けば幸いである。


参考ウェブサイト

参考書籍

  • 「WWIIイギリス海軍の迷彩塗装」『スケールモデルファン Vol. 27 海外艦艇模型超入門』新紀元社、2016年、39頁^3 ^6 、40頁^7

写真引用元

  1. fake johnbull | | 返信

    更新お疲れさまです。

    本来は私が日本語で書くべきところを代わりに書いていただいている形で申し訳ないです。

    twitterでも書きましたが、私がRN艦迷彩の基礎知識としていたものがLaven氏の記述(以下旧説)で、
    戦間期の本国艦隊はダークグレイなので507A、地中海艦隊は507C、開戦後にAとBのミックスの507B
    という認識でしたが、4氏による記述(以下新説)は全くそれを覆すものでした。

    日本機の塗装考証でも(私は詳しくありませんが)一世を風靡した「新説」が現在では否定的な捉え方が多い、
    という変遷があるので、新説の方が必ずしも正しい訳ではなかろう、とは思います。

    ただ、これまでのボンヤリとした疑念、「AとCが先に存在して、間のBがなくて、そのBは後になって現れたのは何故」
    に対する解答の一つともいえ、やはり読み込んで咀嚼していく必要はある説かと思います。

    実のところ、燕雀さんとPoWの塗装について議論していた時、新説が発表されている事は知ってはいましたが、
    キチンと目を通していませんでした。

    模型的には1941年5月のPoWをメディアムグレイで塗るという結論で問題はないのですが、
    旧説ベースと新説ベースでその結論に至る過程が異なってくるので、
    もし私の話で何らかのミスリードがあったら申し訳なく思います。

    こちらでも新説を読みこんで、咀嚼が進んだら、またお話させてください。

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