書評:「日本海軍小艦艇ビジュアルガイド 駆逐艦編」の増補版が出たが、初版所持者は買うべきなのか?

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以前書評で取り上げた、岩重多四郎氏の「日本海軍小艦艇ビジュアルガイド 駆逐艦編」の増補改訂版が出版された。
普段から燕雀洞をご覧の諸兄であれば、既に初版をお持ちの方も多いだろう。そこで、初版を持ってるけどそれでも買いなのか? と云う辺りを主眼に評してみようと思う。


初版の発売が7年前で、思えば燕雀洞最初の連載である「樅型」駆逐艦の全長問題を調べていた頃、絶妙なタイミングで発売されて迷いが消えた覚えがある。

「日本海軍小艦艇ビジュアルガイド 駆逐艦編」初版と増補版初版と増補版、最も大きく変わったのは表紙の色……では勿論ない。

初版の完成度は高く、今日的視点でも1/700日本駆逐艦の製作ガイドとしては最高峰の名著と思うが、それゆえ初版を持ってるから増補版は見送りでいいか、と考える方もおられるだろう。
そこで今回は増補版の追加要素を主眼に評してみる。増補版の主な追加要素は以下の3つだ。

1. 全クラス艦形図の追加

二次大戦参加の日本海軍駆逐艦の全艦級について平面と右舷の2面図が新規収録された。
同様に全艦形の2面図を1冊で網羅した本は私の知る限り、モデルアート増刊の「日本海軍艦艇図面集」と「帝国海軍駆逐艦総ざらい」の2種で、いずれも衣島尚一氏による作図。前者は1/700統一作図だが1989年 (平成元年!) の出版で流石に考証的な古さが気になり、後者は紙面の都合か艦形によって縮尺が統一されておらず、痛し痒しの状況にあった。

そんな状況にあって、総て1/700で作図されている資料の登場は1/700モデラーにとっては嬉しいところ。

両者では図面自体の立ち位置が多少異なり、衣島氏による2冊は公式図等を下敷きに先生による考証や推定を含むものであったが、本書の図面に於いて岩重氏はあくまで公式図面をできるだけ忠実にトレスし、1/700用に線を整理する事だけに努めている。

「日本海軍小艦艇ビジュアルガイド 駆逐艦編 増補改訂版」の掲載図面新刊の内容のため、解像度を落としていて判りづらいが、甲板敷物の境界を色分けするなど、モデラーならではの視点で作図されている。

どちらのアプローチが優れているかは一概に決めづらい。

例えば公式図が出回っていない「初春」竣工時などは衣島氏の方にしか収録されていないが、基礎的な資料も揃っていない初学者にとっては推定を含んでいても大まかな外形を把握できる図面はありがたい
一方、トレスに徹している岩重氏の図の方は出典が明記されていることもあり、「どこまでが同時代資料に載っていた情報なのか」が明確なため、ある程度図面を読み解く能力を持った中級者以上であれば、自分なりの考察を積み上げる上ではやりやすい筈。

理想は両者を入手し比較してみる事だろう。必ずしも両氏のネタ元の図が同じものとは限らないが、艦艇を理解した人が原図をどう読み解き、如何に模型用図面として取捨選択したのか、と云うのが見えてくると思う。

多少脱線した。

図面を読む最低限の知識があり、かつ原書房とか今日の話題社の図面集や学研の歴史群像太平洋戦史シリーズ付録などの公式図の複写が揃ってない人には本書の収録図は大変有用である。
現在、これらの本はいずれもプレ値が付き日々入手が難しくなっており、かつ地方では現物を手に取って中身を吟味する事すら難しい。そうした中、現時点で最も入手しやすい公式図準拠の日本駆逐艦図面集と云えよう。

2. 2012年以降の新キット評の追加

前述のように初版の発売が7年前の2012年 (平成24年) であり、その翌年に所謂「艦これブーム」があり、この数年はそれに端を発した艦船模型新キットバブルのような事態となっている。
初版当時はミキシングが最適手と思われていた艦級にも続々と新キットが現れ、これらについて岩重氏の視点による評が見たかった人も多いはず。
増補版で新たに触れられているキットは以下のとおり。

  • 睦月型: ヤマシタホビー「睦月」
  • 吹雪型: ヤマシタホビー「吹雪」(作例としては「東雲」名義)
  • 綾波型: ヤマシタホビー「潮」
  • 暁型: ヤマシタホビー「電」
  • 朝潮型: ハセガワ「霞」(新版)
  • 陽炎型: フジミ艦NEXT「雪風/磯風」(作例としては「浜風」名義)
  • 夕雲型: ハセガワ「夕雲」(新版・作例としては「風雲」名義) 「早波」 フジミ艦NEXT「夕雲/風雲」(作例としては「巻雲」名義)
  • 秋月型: フジミ艦NEXT「秋月/初月」
  • 島風: ピットロード「島風 就役時」タミヤ「島風」 (新版)

ご覧のように、半数以上の艦級について新キット評が追加されており、これらの新キットをこれから作るつもりの人にとっては大変有益であろう。
特に、「夕雲型」については初版時点だと陽炎型からの改造を選択肢に挙げるほど決め手を欠く状況だったものが、今や新キットが競合している。増補版では両者についての評も明確に異なっており、その内容には私も同意である。

3. 初版からの考証アップデート

新キットに紐づくもの以外にも考証がアップデートされており、例えば「白露型」と「初春型」の全長差異について従来の50cm延長説の他、フレームとレイアウトの関係から2m延長の可能性についても言及されている
また、大戦後半の旧式艦にみられる回天や大発搭載設備を設けた改装図や、水雷艇2種のリノリウム範囲図など図版の追加もあり、増補版で新規追加されたキットの無い艦級を作る際にも使える情報は増えている。

「日本海軍小艦艇ビジュアルガイド 駆逐艦編 増補改訂版」の掲載図面前述の理由で画質を落としているが、輸送仕様に改装された「春風」の概略図。

他にコラムなどにも手が入っているが、主には上記3点が検討材料になると思う。
大日本絵画の模型本の常として価格が高めなので、初版と増補版を両方買うのに抵抗を覚える向きはあろうが、価格以上の価値はあるように感じた。

特に全艦級の1/700公式図のトレスについては、普段私は製作用に公式図の複写を1/700に縮小して考証やディテール取捨選択の叩き台としているので、兎角時間の足りない社会人モデラー的にはとてもありがたい。
できればこの評のみで判断せず、書店に足を運び、上記の点を念頭に置きながら誌面を眺めて購入検討してほしいと思う。


ここまでベタ褒めであったが、気になる部分が無いでもなく、ヤマシタホビーのキットについては岩重氏がボックスアートを手掛けており「中の人」寄りの立場のためか、些か舌鋒の鋭さを欠くように感じられる。

幸いヤマシタ版「特型」「睦月型」とも気になる部分については、Len氏の「駆逐艦模型研究室」に詳細な評が掲載されており、本書の切り口が気に入る方であれば痒いところに手が届く言及がなされているので、ぜひ併せて読んでみていただきたい。


冒頭に触れたモデルアート増刊の図面集だが、まさに発売されたその年である30年前、たまたまこの本を手に取ったのが私の艦船趣味の始まりだった。 当時は一般的な模型少年らしく戦艦目当てに買ったのだが、模型を買う小遣いが無い時ひたすらこの本を眺めるうち、小さな船体に限界まで機能詰め込んだ駆逐艦や小艦艇の魅力の虜となった。

モデルアート増刊「日本海軍艦艇図面集」私の艦船趣味の原点、そして先年、衣島先生にお会いする機会があってサインを頂き、今では家宝の1冊。

写真と云うのは視覚的にもっとも判りやすい入り口なのだが、統一縮尺の図面集は、史実では接点の無かった艦同士のサイズ差や、平面図で初めて判るタイトなレイアウトなど、写真では判りづらい魅力を発見できる。 良質な図面資料は、エピソードや歴史上の立ち位置ではなくビジュアルで魅力を知ると云う面で、ただの製作資料にとどまらぬ価値があると思っている。

ながらくあの図面集のアップデート版が欲しいと思っていたのだが、駆逐艦については本書が決定版と云えよう。初版の時点で完成度の高かったビジュアルガイドだが、今回の増補改訂による図面追加で書名通り「ビジュアル」面での魅力と価値が増したように思う。


書籍情報

岩重 多四郎『日本海軍小艦艇ビジュアルガイド 駆逐艦編 増補改訂版 模型で再現 第二次大戦の日本艦艇』大日本絵画、2019年

  1. 由良之助 | | 返信

    こんにちは由良之助です。暑中御見舞い申し上げます。
    とはいえ、春園燕雀様は鹿児島に避暑に行っているのかという状況ではあります・・。

    駆逐艦ガイドの改訂版、間違いなくお勧め品ですね。
    解説文の細かいところまで変更点があり改めて読み込むと初版以降に判明した点や新たに生じた疑問点などもわかるようになっていました。
    やはり大きいのは艦型図の追加で、衣島先生の図面集以後は艦スペ誌やNY誌でも同じ作図者で各艦型の側面図と平面図がひと揃いというのは無かったので・・。
    朝潮型陽炎型夕雲型の船首楼長さと一番砲と艦橋の位置との関係が一目でわかるのは初めてでしょう。
    燕雀洞さんや駆逐艦模型研究室さんや海に憧れる山猿さんといった沼に踏み込む前に押さえておくべき基礎資料となるものであると言えます。

    暑さもさることながら集中豪雨の影響もまだあると思われます。御自愛いただきたいですが睦月型の作例も待ち遠しいという気持ちであるのも事実であります。

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