「芙蓉」公式図の写しから判ったこと – 1/700で樅型駆逐艦をつくる: 13

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「芙蓉」公式図の写しから判ったこと気がつけば、今回もやはり月刊更新。しかも、工作的にはほとんど変わり映え無し。
1か月間、何を足踏みしていたかというと、というのが今回のお題。

さて、世の中には知ってしまう不幸、というものがある。
得てしてコトが終わった後に、事実というのは判明するものなのだ。


先日、隣の区の図書館で「今日の話題社」の「海軍艦艇公式図面集」を見つけ、いくつかわかったことがある。

同書には今までの記事で何度か触れた、「艦船模型スペシャル No.17」 (以下、「艦スペ」) 掲載の「若竹型」の「芙蓉」の図面[1] の元図と同じ出所と思われる図面[2] が掲載されている。

ただ、同書収録の図面に共通することだが、原図の状態が悪かったのか印刷が極めて不鮮明であり、そのまま縮小印刷して製作用の図面として使うには難しい画質だ。
しかし、手持ちの学研や光人社系の書籍や艦スペに収録の図面に比べ、外観平面・側面だけでなく、下甲板、船艙甲板、艦橋各層の平面や、断面図なども収録されており、水線付近の平面形など手持ち資料だけでは良くわからなかった船体形状が把握できた。

また、一部つぶれてしまっているものの、鉄甲板部分の滑り止め表示が記載されており、敷物配置が推定できる。

水線部平面形の修正

スキャンした図面を1/700に縮小して印刷し、水線部平面 (主要部断面および、下甲板平面と船艙甲板平面の中間値から推定) と製作中の模型を比べてみた。
すると、以前幅増しした後部煙突以降のラインは概ね合っているものの、キット状態からほぼそのままの前部発射管から2番砲に掛けての辺りが片舷で約0.5mmほど痩せている

ハセガワ製の1/700駆逐艦「樅」キットの水線平面の修正: 修正前
拡幅前。一番幅が広い艦腹から艦首に向かって直線的に狭まっていく感じ。

船体の表面処理もほぼ終わり、舷窓を開ける直前の状態だったので、このまま見なかったことにするか悩む。
が、気付いてしまったものは仕方ない
舷側にプラ板を接着して削りだした。実物の写真は概ね側方で稀に上空からのカットなので、実物と同じような構図で眺めてもあまり変化は無い。
が、斜め上前方から見ると、艦首から横腹までのラインが綺麗につながって、説得力のある形状に見える……と思う。
まあ、実際に工作してみると、大して手間でもなかったので、修正して正解だったと思う。

ハセガワ製の1/700駆逐艦「樅」キットの水線平面の修正: 修正後
拡幅後。艦橋下あたりのラインが太ったので、安定感が出たか?

甲板敷物について

「芙蓉」の図面には、前部発射管~後部発射管あたりの舷側沿いに帯状の区切り線がある。
「艦スペ」の図面ではこの線が何を示しているのか良くわからなかったが、原図を見ると、この線を境にして舷側寄りに滑り止めが描かれており、舷側に沿って鉄甲板が敷かれていたように解釈できる※1
だが、1922年 (大正11年) の「樅型」の上空写真[3] ※2や、1929年 (昭和4年) の「蔦型」の前後発射管周辺の写真[4] ※3とは、明らかに一致しない。
残念ながら、「若竹型」の同箇所の写真は入手できず、図面表記のみで施工されなかったのか、「若竹型」以降の改正点なのかは、わからない。

1922年 (大正11年) の「樅型」の写真と、1934年 (昭和9年) の「若竹型」「芙蓉」の、甲板敷物の相違
※1 ※2: やや不鮮明ではあるが、発射管横は舷側までリノリウム敷きに見える。
※4: 当初艦尾波と思っていたが、艦尾の明るく見える個所は鉄甲板だった模様。

「蔦型」前後発射管付近の写真にみる、「若竹型」「芙蓉」の図面との相違
※3:「蔦型」でも「芙蓉」の図面に描かれているような舷側付近の鉄甲板は確認できなかった。

ここは、写真優先で、以前工作した状態のままとした。
まあ、ここを変更すると、上構のほぼ全部を引っぺがすことになるので、大変だし……。

一方、艦尾については、操舵室上に滑り止めが描かれており、昭和期の駆逐艦よりは範囲が狭いものの、鉄張りであるように伺える。
これについては、前回工作した時点では、「栂」の写真と前出の「樅型」上空写真、同時期計画の軽巡「球磨型」の状況よりリノリウム張りと推定した
しかし、「栂」の写真では、艦尾末端までは写り込んでおらず、図面の通りの解釈も成り立つ。
また、上空写真では、艦尾波の飛沫と判断していた明るい色の部分※4 を、鉄張りと解釈すればほぼ図面の配置と一致する。

よって、艦尾操舵室上の上甲板は鉄張りの解釈と改めた。
工作的にも、リノリウムの目地を端材で埋めるだけの楽な作業である。


さて、昨年の4月に始めたこのブログもようやく1年経った。
全長問題に端を発して考証のドツボにはまり3ヶ月くらい着手が遅れたり、引越ししたらカメラを失くして更新できない、というアクシデントがあったりはしたものの、よもや1年掛けて完成しないとは思わなかった

我ながら、驚嘆すべき手の遅さである……まあ、出戻り以前も似たり寄ったりのモノではあったが

なんとか、来年の4月までには完成させたいものだ (長いよ!)


参考書籍

  • 畑中 省吾「駆逐艦『若竹型』 昭和9年 (1934年) 時の『芙蓉』」『艦船模型スペシャル No.17 日本海軍 駆逐艦の系譜・1』モデルアート社、2005年、87頁 ^1
  • 福井 静夫『海軍艦艇公式図面集』今日の話題社、1992年、124-127頁 ^2
  • 福井 静夫『写真 日本海軍全艦艇史』KKベストセラーズ、1994年、542頁 ^3
  • 阿部 安雄「日本式設計駆逐艦の確立」『日本駆逐艦史 世界の艦船 2013年1月号増刊』海人社、2012年、66頁 ^4

全て敬称略。

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