前後マストで「天龍」「龍田」を見分ける&続・単檣はテーパーが命 – 1/700で天龍型軽巡をつくる: 12

前後マストで「天龍」「龍田」を見分ける&続・単檣はテーパーが命

今回は、艦橋と並ぶフネの顔、前後のマストについて。

「天龍型」の前後檣は、「天龍」と「龍田」で比較的相違が多く、両者を作り分ける点では作り込み甲斐がある個所である。
また、工作面では前回の「樅型」駆逐艦製作の際の反省を踏まえ、主柱テーパーの再現に新しい方法を試してみた。


では、下から順に説明していこう。

前檣の三脚構造部

「天龍型」の前檣は竣工時には当時一般的な単檣構造で、中段に見張台が設けられていた。
以前、艦橋の記事で簡単に触れたとおり、その後、両艦とも1932年 (昭和7年) ~1933年 (昭和8年) の間に見張り台以下が三脚化されている。[1] [2]
基部の横幅については公式資料が見つからず、これも艦橋の記事で触れたとおり、船首楼甲板横幅との比率から、6.5mmとしている。

「天龍」の背面上空: 1934年(昭和9年) ?
艦橋の回の使いまわし写真 (手抜き)。
前回の公式図面は、残念ながら竣工当初のもののため、三脚の幅は推定とせざるを得ない。

三脚部分の高さは写真から割り出すと、上甲板からクロスツリーまでが1/700で21~22mm位
1/700では、主脚の太さは1mm、支脚の太さは0.6mm位が妥当だろうか。
写真に忠実にすると、支脚が細すぎて好みではないので、今回は太目にアレンジして0.8mm径とした。
いずれも、エバーグリーンのプラ棒を使用。

三脚上部にある探照燈台の平面形は、竣工当初は前広がりの卵型であった事が、前回紹介した公式図より判る。
その後、主柱後方にやや延長されているが、そちらの平面形は不明。
よって、竣工時の近い「峯風型」「樅型」駆逐艦に倣い、単純な長円形とした
1941年 (昭和16年) 頃は、須式90cm探照燈が1基装備されている。

1/700フルスクラッチ「天龍」の前檣
三脚は、実物はもっと華奢なのだが、ちょっと5,500t風に骨太にアレンジ。

「龍田」前檣にある、謎のキャンバス覆いについて

1941年 (昭和16年) の写真[3] から、「龍田」のみ探照燈台直後に三脚楼の後脚を囲うようにキャンバス覆いが確認できる。これがプラットフォームなら当然何かの装置があった筈だが、不鮮明な写真しかなく、確認できない。

ただ、一見、何も無いように見えることから、探照燈や覆塔付の測距儀のような、塊としてボリュームのあるものは設置されていないのは確か。
また、探照燈台よりは僅かに高く、同一平面に無いのも確実。

今回は、見張台として解釈し、左右に1基ずつ双眼望遠鏡を設けた。
平面形は5,500t級で似た位置にある探照燈台に倣い、左右間の通路を絞った瓢箪型とした。

1/700フルスクラッチ「龍田」の前檣
トップ檣の見張所が無くなった代わりに、三脚部分の見張台ができた?

前檣クロスツリーと見張り台

三脚頂部のクロスツリーは、写真をよくみると単純な三角の板材ではなく、2枚の板を貼りあわせてあり、根元では板の間に隙間がある。ただのプラ板の切り出しでは面白みに欠けるので、プラストライプの2枚貼りあわせで再現してみた。

直上の見張り所は、後方が開放型なので、3.2mmプラパイプの半切りに、プラ板の端材でバランスを整えた。窓は、艦橋同様にハセガワの「精密窓枠B」を使用。

前檣のトップ檣と、後檣

クロスツリーより上のトップ檣は、5,500t級の場合、開戦前後に短縮やヤード撤去がなされているが、「天龍型」の場合、「龍田」の1941年 (昭和16年) 時[4]、三脚化後の「天龍」の1934年 (昭和9年) の写真[5] で、高さ・ヤード本数とも竣工時のままのように見える。

トップ檣中ほどに駆逐艦のような小さな見張所があるが、「龍田」は1927年 (昭和2年) 頃の写真を最後に撤去されたようで1938年 (昭和13年) ~1941年 (昭和16年) の写真[6] には写っていない。開戦時は「天龍」のみに残っており[7] 識別点になる。

逆に、見張所の下あたりから生えている斜桁 (ガフ) は、「天龍」のみが1934年 (昭和9年) に撤去[8] しており、開戦時は龍田にのみ前檣の斜桁がある[9]

後檣は単檣で、よく知られている通り、「天龍」だけ中程に継ぎ目がある。
ヤードは2本で、下段ヤードと同じ高さにある斜桁 (ガフ) に比べ、上段だけやや太い。

1/700フルスクラッチ「天龍型」の後檣
中段継ぎ目の有無は、全期間通じて使える有効な識別点。

前回の「樅型」駆逐艦では、前後のマストのテーパーを伸ばしランナーで再現したが、プラの特性上、工作後にやや反ってしまった。
そこで、今回、前檣のトップ檣部分と後檣は金属線にテーパーをつけてみた。
タミヤの電動ドリルのチャックに、0.5mm真鍮線を咥えさせ、回転させつつサンドペーパーで切削。上端でヤードと同じ、ほぼ0.3mm径になるまで削った。

電動ドリルによるマストのテーパー表現
タミヤのドリルは安い上、出力も低いので扱いやすく、この用途には最適。

前檣ヤードと後檣上段ヤードは0.3mm真鍮線、後檣下段ヤードと斜桁は約0.2mm径の伸ばしランナーで作成した。


さて、今回の金属線によるテーパー檣の作り方だが、当然ながらメーカー想定外の工具の使い方である。お試しになる方は、作業の際、くれぐれも目や手指の保護に細心の注意を払っていただきたい

金属線による削り出しは、伸ばしランナーよりも製作時間は掛かるものの、経年による曲がりや歪みの心配が無い
伸ばしランナーが数日に一度、手曲げで補正を繰り返さねばならなかったことを鑑みると、全体的な作業時間は短縮されたように感じられる

強度面では、もう少し柔らかくとも問題がないように思えるので、次回同様の加工を行う際は、より柔らかいアルミ線を使うことで、時間短縮ができないか試してみたい。


参考ウェブサイト

参考書籍

  • 石橋 孝夫・戸高 一成「軽巡洋艦『龍田』写真説明」『写真 日本の軍艦 第8巻 軽巡I』光人社、1990年、 24頁 ^3 ^4 ^6 ^7 ^8 ^9
  • 「『天龍』『龍田』」『歴史群像 太平洋戦史シリーズ32 軽巡 球磨・長良・川内型』学習研究社、2001年、74頁 ^5

全て敬称略。

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